精神的支柱・中平穂積


『精神的支柱・中平穂積』    〜ジャズ喫茶 Dig 誇りの継承 2005/11 福地 史



 僕にとってのジャズ喫茶原点は四谷の「いーぐる」、吉祥寺の「メグ」であり
 よろしくジャズ喫茶界ではメジャーな店舗であり、
 ジャズリスナーの登竜門としては凡百で面白みに欠ける。
 ただ、当時20代前半の北海道から上京したばかりの自分は、
 ジャズの深層へのあくなき探究心を持ちつつも、
 よきジャズ仲間、先輩を獲得する努力を怠り、
 巷の本屋で一人さびしく情報調達を行うことしか手段を見出せなかった。
 そのような若き時代の自己閉鎖的な資質。
 同輩も少なくないと考える。
 それでいて、「いーぐる」、「メグ」といったメジャーをあえて忌避するのが、
 ジャズ魂である
 現在においても「いーぐる」、「メグ」に巣食う求道者は
 いわば体制側であるといっていい w

 「いーぐる連続特集(毎週実施していた時代)」卒業後、
 都内を機軸にさまざまなジャズ喫茶へも通うことになる
 通い続けるうちに、ジャズ喫茶のルーツを知りたくなった。
 
 ジャズ喫茶で古いのは横浜のジャズ喫茶「ちぐさ」だが
 ジャズにトラディショナル〜モダンがあるように
 ジャズ喫茶にも同様の系譜が存在する。

 僕は、非常に突き詰められた状況では、完全なモダニスト至上派であり、
 造形芸術でいえばバウハウスフリークである。これは生理的な欲求でもある。
 しがらみから脱却するために「モダン」を欲するのだ。
 そんな自分が時系列的に探り当てたジャズ喫茶が今は亡き 「Dig」である

 60年代とされる「Dig」全盛期に自分が生まれもしていなかったことを悔やむ。
 異様な空気感を醸し出していたという言説が残る。
 「モダン」の異様性は普遍的な驚きであり、
 消して陳腐化するものではないと僕は思う。
 その演繹的実証として提示するのは
 現存するジャズ喫茶店主のほとんどが「Dig」を経験しているという事実である。

 ポストモダンな世の中に埋没している自分。いかにそこから脱却するか?
 その点においての精神的な拠所がDigであり、その店主 中平穂積である。

 今の中平穂積の表層はライブハウスを経営する普通のおじさんである。
 かつて「Dig」を経験した「本物のリスナー」はどういう見方で
 中平氏を捉えているのだろうか


 僕は今現在、ジャズ喫茶で享受する「モダン」を喚起する想像力を
 保持、キープしているつもりだ。
 そのうち想像力に限界を感じ、それは時代と流れとともに瓦解していくのだろうか
 そうはなりたくないと思っている。なにかしら留めておきたいと考える。
 下記の写真は「Dig」を経験していないジャズ喫茶「JBS」※のマスターが
 見つけ出してくれた盤上の捺印である。
 このようなシンボルは、自分にとってかけがえのない、
 インスピレーションの源泉である。


※JBSとは日本悪党協会の略ではなくジャズ・ブルース・ソウルの略である。